日本短編映画「BAKEMONO」

- ハルと共に生きて - (主演:OBA)

クランクアップの夜。
久々に、弟とお酒を飲んだ。

そのときに、「風情」について話をした。
子供の時は、「風情」こそ全てだったと思う。
朝、草から立ち上る微かな香り。
雨の日、草原から飛ぶバッタ。
夕日と自分。そこに見る、自分の影…。

僕らは、ギリギリの外遊び世代。
あの頃は、ネットもパソコンもスマホも無く、子供は外で遊ぶことが普通だった。
現代のように、自然と遊ぶことを一つのステータスとして考えるようなことはなく、単純に外で遊んだほうが楽しいから、自然とそこへ繰り出していく。
その自然には常に発見があり、同じことは起こり得なかった。
そんな毎日の移り変わりは、常にロマンに溢れていて、ドキドキしたものだ。

大人になった今、僕らは、「風情」を感じているだろうか。

やること全てに意味が付きまとい、無条件という概念さえ死にかけている現代。
「ただ、やりたいから、やる」ということが、何だか申し訳なくなる時代。
けれど、全ての創造の核は、「ただ、やりたいから、やる」という、初期衝動ではないだろうか。

やりたいから、やる。
絵を描きたいから、描いている。
歌いたいから、歌っている。
踊りたいから、踊っている。
映画を創りたいから、創っている…。

この「やりたいから、やる」と同等に、否、世間一般には、もはやそれ以上に重要な要素と思われている”趣旨” 。
「それをやる意義はなんですか?」
「それをやる意味はなんですか?」
実に欧米的な質問ですね、と、フィリップ・プティが答えていたのを思い出す。

子供の作品には、”趣旨”などない。
どの絵をとっても、どの歌をとっても、どの踊りをとっても、
彼らは、「ただ、やりたいから、やっている」。

もしも、彼らに”趣旨”があるとしたら。
唯一、それは、お母さんに喜んでもらえたという感動だったような気がする。

どの時代の、どの優れた芸術家も、子供たちには驚愕してきたものだ。
初期衝動から始まった自己表現は、徐々に技術も身につけていく中で、不要な認知と不要な前提、さらには、過程よりも結果が大切になっていき、そうして、子供から大人になっていく。
”地球屋のおじいさん”がくれたエメラルドの原石は、どんどん磨かれていくことで、実につまらないものになっていく。
そうなってしまった大人の芸術家にとって、子供たちが描く絵ほど、ショッキングな出会いはないという。
何より、それを描く子供たちの恍惚とした表情そのものに、芸術家は驚愕するのだ。

誰しも子供だったんだよなって、当たり前なことだけど、考えてしまう。
大人になった今、「風情」と「やりたいから、やる」という無条件な初期衝動は、失いたくないと思う。

「それを無くしたら、寂しいだろうね」
久々にお酒を酌み交わした弟が、締め括った言葉だった。

そんな会話を弟としながら、一週間前のクランクインからクランクアップした今日までの出来事を振り返っていた。

子供の頃、みんなで放課後に田んぼへ集まって、山に入り、自分たちだけで無駄にミッションなんかをつくって( できるだけ高い木に登って、できるだけ高いところから飛び降りる、とか、そんなミッション)、それができなくて本気で泣くヤツが現れたりして、そこで励まし合って頑張ろうとかってなって。
そこに生まれたドラマ的な感覚は鮮明に残り、今思うと、これまでに読んで感動した小説などよりも濃厚に、自分に対して影響を響かせているのを感じる。

映画「BAKEMONO」の撮影現場は、山でミッションに挑戦する少年少女たちのような、無条件丸出しの人たちが集まっていた。

とうとう今日、クランクアップしたんだ。

クランクインからクランクアップまで、まさに怒濤の一週間。
個人的な感覚では、一年ぐらいの濃密さだった。
そんな濃密な一年フィールの一週間が、今日、終わったんだ。

本当に、久々の感覚だった。
撮影が終わってから、生きた心地がしていない。
このままでは、無気力状態になってしまう。
できれば、明日が来ないでほしいとさえ思う。
このまま次の世にいけたら、どれだけ幸せだろう、などと思ってしまう。
「あしたのジョー」のラストシーンだ。真っ白な灰症候群が訪れた。

初映画。初演技。
今までダンサーとして生きてきて、新たな試みだった。
どこかで自分は、「身体表現者たるもの、演じることは踊ることと同義語なんではないか」と甘んじていたように思う。
全くもって、甘んじていた…。
愕然とした。
演技とは、まるで禅問答の世界だった。
人が人を演じるということは、鏡と鏡を合わせるようなもので、
その合わせ鏡の間に立つと自分の姿が鏡から鏡へと写り広がり、無数に続いていく。
たとえば、人物Aという役柄があった場合、100人の演者がいたら100パターンの人物Aが出来上がるということなのだ。

この世界において、今まで自分がダンスによって蓄えてきた慢心は、即刻捨てなければならないと腹を括った。
数えきれないぐらいの、試みと放棄。
トライアンドエラー。
永遠に続く、合わせ鏡の中の自分とハル。

その鏡の中で、とりわけ自己主張の強い自分を発見する。
それは、今にしか興味をもたない自分だった。
今この瞬間瞬間の、創造に全てをかける自分。
用意された準備を、その場で全て投げ捨てる勇者。

そうか、
最低限のベースは手に持ちつつも、瞬間にかけて即興をしたって良いのでは。
そう思った。
すなわち、アドリブだ。
アドリブは、LIVE。生もの。
その瞬間から、ドキュメンタリーフィールが香り出す。
その即興性は、実写映画ならではの事件なのだ。
そう感じてからというもの、ハルとの関係が少しずつ苦痛から楽しみへと移っていった。

ハルの生き方から、どんどん学びを受ける。
ハルの感覚から学ぶことは、計り知れなかった。
生と死の狭間に生き、今に全てをかける男。
彼は、僕に色々教えてくれた。
最後まで、ハルそのものになりきるのではなく、ハルが自分の内に訪れてくれるような感覚だった。
訪れてくれないときもあって、非常に焦ることも多々あったけれど…。
ただ、肝心な時は必ず訪れてくれた。

ハルから見える風景は、「風情」に溢れていた。
木々の揺れから葉っぱ一枚一枚の表情が見えてくる。
葉っぱ一枚一枚の、陽の反射があることを知る。
風が、目の前で踊ってるように見える。
匂いが鮮明になる。
鳥の声。葉っぱが揺れる音。
この世に響く音の全ては、言葉であることを思い出す。
子供の時に感じた「風情」が、そこにはあった。

ただ、ハルの場合の初期衝動は、刀の道で生きることだった。
それは、自分が今まで生きてきた過程の中で、正直に言うと感じ得ない感覚だった。

ダンスバトルに命をかけていた即興ダンサーの感覚が近いと思ったりもしたけれど、
それは決して生と死の境目ではない。
ニューヨークで銃を突きつけられたとき死を恐れた感覚は覚えているけれど、もしも自ら刀を持ち、それを抜いていたら、もはや後戻りは絶対にできなかっただろう。

生きるか死ぬか。
その生と死の境目に生きるということを、感じたことはなかった。

ただ、一瞬のヒントはあった。
それは居合いでの稽古中、師範に真剣を突きつけられた時のことだ。
もし師範が、気がふれていきなり僕に切りつけてきたら、絶対に僕は切られる。その感覚は、銃口を頭に突きつけられているときのような、異常な恐怖だった。

その一瞬の感覚が芽生えたシーンが、撮影中にあった。
作品の内容に関わるのでここには書けないが、生と死の境目に立った瞬間を引き延ばしているような、本来は一瞬で過ぎていくから見られないことを引き延ばして見せてくれているような、そんな世界を、刀と刀を向き合わせるときに垣間見たのだ。

その世界では、やはり、「風情」がありのままの姿を見せてくれている。
感謝の意味を抜いた感情が、胸に広がる。
愛というものがあるとしたら、あのような世界なのだろうか。

ハルが見せてくれた世界には、共にBAKEMONOの創造に生きた仲間達の顔も鮮明に残った。
仲間。
共に、作品の命を吹き込む同志。
仲間たちの創造に向かう純度100%ぶりには、本当に感動した。
この仲間たちと、この現場で、たふる限りの力を尽くし生きている感覚を共有できたことは、本当に幸せだった。

たった一秒でも、1シーン1カットずつ、後も先も考えず、そのカットで死んでもいいぐらいの覚悟で飛び込む。
結果は見る人に委ねられているけれど、作り手側の結果は過程にあると思う今、深い深い感謝を感じている。

初期衝動こそ全ての少年少女たちが集まって、勝手に苦しんだり楽しんだり泣いたり怒ったりしている。
そんな現場だった。
そして、そこに生まれるドラマこそが、映画を創造する世界なのかと感動した。

大人になってからの初期衝動は、強ければ強いほど現実の壁は高くなる。
その壁を超えるほどの衝動は、どんな壁が迫ってきても止まることを知らないのだと思う。
その壁は、作品を観る人の心の中にも存在していることを想う。
その壁を超え、一人一人の心を動かせるだろうか。
それは未知数だけれども、クランクアップした今、これから編集が入り映画が完成した時点で “作品”としてこの世を走っていく。
作り手は、親として見守る他にない。

映画「BAKEMONO」の生命を仲間と共に吹き込めたことを、
今はただただ誇りに感じています。

2015/12/05 19:28 下北沢にて
OBA

写真:田中 伸二

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